癖のない字が書きたい、名前をきれいに書きたい、大人な字に憧れる、字の勉強がしたい。一緒に勉強していきましょう★

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百人一首で美文字★

④百人一首で字を上達させよう★趣味時間を持とう☆手本付7・8番

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こんにちは。

百合蔵と美句蔵です。

 

はじめに

少し百人一首についてのお勉強。

百人一首が広まったのは江戸時代

江戸時代初期には印刷技術も発展し、和歌の全句を読み上げ、下句が書かれた札を取る「歌がるた」が作られ、百人一首は庶民にも親しまれるものになりました。

歌がるたは、元禄時代に「源氏物語」や「伊勢物語」で作られたものもありましたが、「小倉百人一首」が最も盛んになり、歌がるたといえば「小倉百人一首」を指すようになりました。

ちなみに、「かるた」の語源は、カードを意味するポルトガル語。もとは、戦国時代に来日したポルトガル人が持ち込んだトランプのことです。

 

へーーー。勉強になりました!

 

今回の歌について簡単な解説

今回の歌は、

■「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも」

【意味】
大空を遥かに見渡してみると、月が出ている。あの月は故郷の春日の三笠の山に出たのと同じ月なのだろうか。
【解説】
”天の原”:大空。
”ふりさけ見れば”:「ふり」は接頭語。「遠くを見渡すと」という意味。
”春日”:現在の奈良市、春日神社のあたり。

唐朝に仕えていた作者が月を仰ぎ、故郷への思いを募らせた歌です。
作者は安倍仲麿(あべのなかまろ)。唐朝で高官にまで登りつめたものの、結局日本への帰国は果たせませんでした。
百人一首の中で唯一、異国の地で詠まれた歌です。

 

■「わが庵は 都のたつみ しかぞ住む 世はうぢ山と 人はいふなり」

【意味】
私の庵は都の東南にあってのどかに暮らしているが、世間の人は世を憂しとして宇治山に住んでいると言っているらしい。
【解説】
”都のたつみ”:方角を十二支にあてはめると、辰巳は東南にあたる。
”しかぞ住む”:このように住んでいる。
”世をうぢ山”:憂し(つらい)と住んでいる宇治をかけている。

作者は喜撰法師(きせんほうし)。六歌仙の一人ですが、生没年などの詳細は謎に包まれています。現在伝わっている和歌と、玉葉和歌集に載っている下記の歌2首しかありません。

※一番実用性があると思いますので行書と楷書の間くらいの字で書いています★

 

■実践■練習■

⑦天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも

このような感じになりました。

5、7、5、7、7で改行して書いています。

漢字の「天の原」が最初にきて、そのあと、ひらがなの「ふりさけ」がきます。

漢字の方が大きくなるように書いて、ひらがなはコンパクトに。「天」は堂々と雄大に。

最後の「出でし月かも」をきれいに流れるように書いてみましょう。

「でし」は縦長に下に向かって流す感じ。「かも」は、「か」は少し横長に書いて「も」は縦長に。「も」はやわらかく曲線を書いてちょんちょんと横線を書きます。

 

⑧わが庵は 都のたつみ しかぞ住む 世はうぢ山と 人はいふなり

このような感じになりました。

5、7、5、7、7で改行して書いています。

この歌は、ひらがなも多いし、漢字も画数が少ない字がおいので、全体的にやわらかい印象になるように書いています。

ひらがなの部分では、リズムを意識しながら強弱をつけましょう。

漢字の部分はあんまり直線的な印象にならないように書きましょう。

「人」を強調してみました。大き目に、左右のはらいを空間いっぱいに使って書きます。大きい円を書くように書きましょう。

 

まとめ

今回は4回目です。50回目を目指して進んでいきます★

 

百首書き終わった時に、絶対字がうまくなっていると思うし、頭も良くなっていると思うし、感受性豊かな人になっているはず★

↑を信じてじゃんじゃん進めていきます★

⑤百人一首の書き方★ひらがなと漢字の練習★手本付9・10番

 


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